永井百合子が提案する・・・遊びや茶事の愉しみ


by kuyugengen

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扇袋と香七種道具の袋




稽古場では若手の組であるOLさんの作品です。今回は扇袋にチャレンジされました。小謡と仕舞を習われています。勤務帰りのレッスンとはいえ様々な日本文化に興味を持たれたようです。そして扇袋が完成しました。先生の扇袋より上等になったのでもう一つ普段使いを再チャレンジします。とのこと「それもいいことです。いろいろ作って下さいね。」と答えました。

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こちらは年齢層の高い方の作品です。習いごとの経験も豊富でいろいろ特技のある方です。今日は来年の帛紗を作ったり、香道の七つ道具を納める収納袋を作られました。この頃は紐結びも得意になられて数多くの作品をつくられています。そしてお友達に差し上げたりして楽しそうです。年齢を重ねても好奇心旺盛な方に会うと〝私も、そのように頑張ろう”と励まされます。多くの方々に接しながらいつも学びの多いこの頃です。

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by kuyugengen | 2016-09-27 22:26 | Comments(0)

ツキイチ歌舞伎の日




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今日は、稽古日の予定でしたが、お休みです。東劇のツキイチ歌舞伎〝蜘蛛の拍子舞“を見に行きました。玉三郎・菊之助・松緑・三津五郎の千両役者の揃い踏みです。これは歌舞伎舞踊劇で舞台構成やお囃子も豪華勢ぞろいです。女郎蜘蛛の精が三条小鍛冶の娘と称する白拍子妻菊の姿で源頼光の館に入り込み、源頼光と家臣四天王たちによる妖怪土蜘蛛退治を題材 にした話です。拍子舞とは、長唄の三味線にのって、役者が謡ながら掛け合いで舞うという演出は中盤の見どころです。後半美しい玉三郎が女郎蜘蛛に変身して立ち回りを舞う変身振りも大見どころの一つです。飽きない舞台構成で隙がない。玉三郎丞は美しいメイクよりこのような変身メイクの方が〝いいでしょう”と観客に自慢しているかのように得意なポーズです。そして観客はグングン引き込まれる。クライマックスの蜘蛛の糸を吐き出す玉三郎のテクニック「あの糸はどのような和紙のテープなんだろう?」と疑問に感じるくらいしなやかで美しい糸でした。ツキイチ歌舞伎はアーカイブスの舞台を映画で再現してくれる素晴らしい企画です。約束した人の時間も迫り勘三郎の「身替座禅」は観られず帰宅したので時間が合えばもう一度みたいと思いましたが開演回数も少ないので諦めます。

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by kuyugengen | 2016-09-26 19:16 | よもやま話 | Comments(0)

喫茶の習慣




時代が変わると同時に文化も変化するものです。「松江って多くの方々がお茶を嗜んでおられるようですね?」とよく聞かれることがあります。そんな時、少々私は返答に当惑する。「みなさんと同じようなものですょ!今の若者は、コーヒーの生活が多いですから?」と答える。しかしちょっと違うのは、思いがけず抹茶を出されても他の県の方より驚かず「ご馳走ですね!」と喜んで頂戴する人は多い。抹茶の文化は幼いころより見慣れていて親しみがあるからなのだと思う。何故なら点前など見せなくても、番茶を頂くように気取らずお菓子に笑みを浮かべながら抹茶を頂くことが極自然体であると感じる。

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城下町の中に松江市があり、この街に茶の湯文化を伝えたのは、松江藩7代藩主の松平治郷(はるさと)不昧(ふまい)という号を持つ公の影響です。茶の湯大名は現在でも「不昧さん」と市民に親しまれている。そんな訳で松江市には昔から喫茶を楽しむ習慣が根づいている。誤解があるといけないことは、決して現代のように良い抹茶を吟味して頂くのではなく一番下のランクを庶民は頂戴していました。子供には苦い!と言われる類です。小泉八雲の日本の面影の中にも「松江の人は車夫や大工でもあぐらをかき抹茶をのむのは驚きである」と記している。茶の生産地でもない松江市にあって薬として珍重された抹茶を不昧さんの一声で民衆にも味わわせてやりたいという御慈悲を有り難く頂戴できたのは全国広しといえどないことでしょう。

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不昧公は18歳で茶の道に入られましたが、茶人としてたぐいまれなる才能を発揮し、後に自らの流派である「不昧流」をうちたてた人物でもあります。茶を命がけで全うした茶の湯大名であったので茶に関わる格言も数多く残されています。その中でいつも心に打たれる言葉の一つに、「客の心になりて亭主せよ、亭主の心になりて客いたせ」これは、いずれの流に関わらず大切なおもてなしの心であると思う。

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点前ばかりが専一になり茶の流儀が衰退の傾向にあるのは、茶の本来の面白さや精神性を人々に普及しなかったことが問題であったと思います。しかし昔より茶の湯ができるという階級は一部の階級人だったので何が間違ったと責めることはできない。ただ多くの同門を率いることを望まなければ、ゆったりと学べる場もある時世であるかもしれない。私のような日常茶でも生活にうまく取り入れて愉しいと思い人と共有できれば不昧さんの精神性に近いと思います。自分のできる範囲のことを精一杯表現することは個々の努力であると思います。
by kuyugengen | 2016-09-21 11:45 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

〝きびしょ”の仕覆三様




夏から作って居られた方の〝きびしょ”の仕覆が完成しました。〝きびしょ”とは煎茶に使う急須の一種です。この形の製図は難しく手の部分と口の部分が半周の中の片方に集中しているので従来のように単に全周を半分にする訳にはいかない。不揃いの半周の両端を同じ形に合わせて製図を纏めるのはとても難しいことです。

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下の2作は、私の作品です。器の大きさによって幾つに折るのかも違ってくるので大・小の仕覆を紹介しました。

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by kuyugengen | 2016-09-20 15:51 | 仕覆ってなんだろう! | Comments(0)

菊月あとりえの装い




夏の暑さにも負けず遠路より稽古に来ていただいたことに感謝します。月も変わり重陽・名月と暦はなにごともなかったように通り過ぎています。しかし旧暦になりませんとまだ残暑を感じて夏の疲れを受けるこの頃です。10月早々には金沢の稽古も予定してます。みなさまにお会いできるのを楽しみにしています。どうぞよろしく。

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by kuyugengen | 2016-09-19 09:43 | よもやま話 | Comments(0)

午前のお菓子



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明日から月島の稽古が始まります。午前のお菓子は「翡翠のしずく」と私が銘々した大福の中にシャインマスカットの入ったお菓子です。葡萄の間にも黄緑色の餡が挟んである爽やかな甘味。毎年この時期になると楽しみにしている和菓子の一つです。

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午後の休憩のお菓子は、吉はしさんの〝玉菊”と銘のある練切です。重陽をイメージした主菓子です。先日茶事で使ったお菓子と同じです。色合いも優しく片身変わりがよろしいですね。
by kuyugengen | 2016-09-17 20:32 | お菓子 | Comments(0)

秋の味覚お相伴



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17日の夕刻都合の着く方を誘い鍋を囲みました。季節の鱧・松茸のしゃぶしゃぶです。京都高台寺・和久傳の日ごろは頂戴できない秋の味覚です。毎年この鱧を頂戴すると秋がやってくる。温かいお鍋なので「暑いあつい」といいながらの堪能です。鱧出汁をたっぴり張った鍋に葛を軽くまぶした鱧を投入して京野菜・松茸・生麩・豆腐・オクラ・蓮根など、たっぷりの鱧を少しずつ温めて頂くご馳走は「生きていてよかった」とその瞬間に喜びを感じるものです。満腹になりますが、後の雑炊の玉子綴じも美味しかったです!久しぶりのご馳走でしたので元気がでました。明日から頑張ります。             
                                     感謝

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by kuyugengen | 2016-09-17 20:04 | よもやま話 | Comments(0)

オリジナル帛紗の紹介

秋の訪れも近くなりました。オリジナル干支“酉”の意匠も二周目となりました。十二支の十番目の干支にあたる酉の方位は西を表し刻限は午後六時で暮れ六つの夕刻を示します。酉は「ちじむ」を意味する言語で、果実が成熟の極限に達した状態を表しています。
今年干支の文様に〝松喰い鶴“の意匠を用いた意図は、古の伝えから、〝松は枯れないことで長寿・鶴はめでたい”ことの前兆を表す吉祥文として、あえて鶴・亀を選び意匠しました。
「松喰い鶴」は平安時代から使われた長寿慶福を願う縁起のよい文様で珍重されています。
本年は、地文様のベースに亀甲文様を用いたことで鶴亀を表しました。平和で希望ある年であるよう願います。

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by kuyugengen | 2016-09-17 15:18 | 仕覆ってなんだろう! | Comments(0)

月の話あれこれ



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中秋の名月は、あいにくの曇り空。日本の昔話には月の中で兎が餅をついているということになっています。しかし中国の古い話の中では、羿(げい)という弓の名手がいて、世界の西の果てにある崑崙山まで旅をしたそうです。そこに住む西王母から人間のために不老不死の薬をもらい受けた。ところが、羿の妻の嫦娥(こうが)は、その薬を盗み、独り占めしようと月に逃げ込んむ。この悪事の報いのためか、美女であった嫦娥は醜いヒキガエルの姿に変わったという。月面にヒキガエルのような陰影は、じつは嫦娥の姿であるとも伝えられたそうな。月に登った嫦娥は、兎に変身させられ、罰として満月の日になると天界の神々のために薬を作るよう命じられたといわれています。またこのヒキガエルは3本足であったそうです。後に伝わった日本の話の方が優しいロマンがありますが、本来の月の逸話はグロテスクな話ですね。
by kuyugengen | 2016-09-15 16:54 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

直心の交わり




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私自身の生活の中に茶道を習い良かったと思うことは多くあります。今では一服の抹茶さえも私にはDrストップとなり今はお客様に差し上げるのみとなっています。しかし「先生の濃茶は絶品ですね」と幾度となく褒めてもらうと自分も味わったような気分になるものです。どんな不遇な環境になろうと〝いろは”から学んだ茶の湯は自分の愉しめる形で楽しめれば良と考えています。それは持て成すことも、持て成しを受ける側もとても楽しいこと。客になったり亭主になり、一垸の茶を差し上げることは生甲斐です。茶席にお招きする為に心を尽すのが亭主の喜びであり客もその喜びを表現する心がたいせつです。年齢により様々な障害や生活環境に変化もあるでしょう。しかし私は今できる自分の日常の茶をたいせつにしたいと真剣に考えています。お茶を頂戴する点前や作法のみが茶の湯ではなくそういう境地をつくりだすことが茶道の本来の形であると思う。心が通うお仲間との交流は心強いものです。茶を通して温かい人間関係を紡ぎだし満喫したいもの・日本文化は誠に尊いものです。そうした心を育てて下さった師匠に今感謝しています
by kuyugengen | 2016-09-14 17:48 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)