永井百合子が提案する・・・遊びや茶事の愉しみ


by kuyugengen

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初音ミクの般若心経


孫が上手に般若心経のお経を唱えるので、「うまいね!」と云うと「初音ミクちゃんのポップスで覚えたょ!」と云うので、検索してみた。ご紹介します。検索すると好みの音楽ジャンルの画像がありあります。
私は、このように楽しい満中陰を過ごしました。 ほんとうに時代は変りました。♪仏さまもびっくり♪
by kuyugengen | 2012-10-29 13:44 | よもやま話

満中陰


10月25日は納骨の日です。毎日手を合わせた仏壇からお墓へと野辺送りです。急ぎ足でこの世に別れ告げたツレの死は思いの他早かった。月日も「白露」「秋分」「甘露」と移り、「霜降」紅葉の便りも耳にするこの頃。家族は、七七日(なななのか)の法要(四十九日・満中陰)を心静かに迎えました。仏教では、「大練忌(だいれんき)」と呼び、法要の後埋葬となる。この日は、薬師如来の導きにより49日・死んで50日目の「忌」明けは、死者の「六道輪廻」も終了して、生まれ変ることを意味するようです。また汚れが除かれたことを祝す日と云われています。

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この度、連れ合いの死により、法要の重要性と意味あいを学び、私のできる法要であったと満足しています。 人の世の学びは尽きず、なんでも楽しい方に考える私は「楽しみ名人」と改めて思う。
ションボリせず前向きに心を導けば苦も楽となり後悔はあまりなく過ごしています。9月7日から満中陰まで100枚の写経をと思うが、しかしこれは大変であり数人のお弟子さんに何枚か手伝ってもらった。当日までに82枚「歳の数まで」の写経もでき自分を納得させた。入院してから葬儀までの間、20数枚書き、懐に忍ばせた計100枚 それでいいね?と詫びた。写経は、心静にひと文字を丁寧に写さなくては、心の静寂はない!私は忙しい中、書いたので、そうした修養の心境には追いつかなかった。
これを機会にそうした時もつくり、この楽しみを続けていきたいと願いました。

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写経に火を灯すと、娘が「お父さん!お土産だょ!」と大きな声で叫んでくれたので、胸に、あついものを感じました。主の去った仏壇は、今は寂しく感じています。
by kuyugengen | 2012-10-25 15:06

小麦粉の粘土細工の妙味


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小学生の間で流行っている“小麦粉性の粘土細工”ご存知でしょうか?娘・亜希乃が友達になったという可愛いお友達の中に風流な小学生のお嬢ちゃんがいて親しいようです!書道の先生でもある
お母様も可憐なお人柄です。夏休みの自由研究のテーマは、「和菓子」辞書などで詳しく調べ、とてもユニークな作文を発表されたそうです。それは道具のことから、和菓子の種類・菓子器の使い方に至るまでのようです。近所に美術店があり、そこを覗いたのが、きっかけとなられたようです。お店で一服抹茶をいただいた感動が“和の文化へのとりこ”になられたようです。この可愛らしいお友達の名前は、「Cちゃん・6年生・Mちゃん4年生」の仲良し姉妹です。小麦粘土の作り方は、小麦粉に水を入れて適度な硬さに練ることで作れるようです。色は絵の具などでつけられると思うのですが、よく解りません。何しろ芸が細かく、手の器用さには驚きです。この粘土は、おもちゃ屋さんなどで取り扱っているようです。幼児が口に入れても、危険のない粘土・素晴らしいですね!
by kuyugengen | 2012-10-22 10:45 | よもやま雑宝帳

10月の定期健診

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今日は朝からどしゃぶりの雨模様、公園の草花も木々も、たっぷりの潤いに満足そう。行きはタクシー・帰りは、ひと時の雨あがり、駒沢公園を抜けての帰宅です。検査結果は、少し良い方に傾いています蛋白質を極力見直したので、やはり「尿素窒素」は、大変良好なデータが得られた。この病と真面目に向き合って2年・あきらめは良くないと深く実感した。食事は、1日の制限分量を総体で考えれば、苦しいものではなく、結構みなさんとの会食も普通に食べれるので嬉しい成果です。全体のカロリーも自然抑えたので体質改善も目に見える。今とても心地よくて“腎臓”と仲良く付き合いできるようになりました。体に疲労を感じない誠に塩梅の良い状態であるようです。主治医の先生も嬉しそう!何でも納得いくまで追求する性格なので・・・・一病あるお蔭で食事のことを深く学び、理解を深めたように思います。
by kuyugengen | 2012-10-18 17:33 | 与えられた一病の楽しみ方

時の流れとは・・・・!


嬉しいこと悲しい事への思いは、いろいろあります。しかし時の流れは早く、いよいよ中陰も満ちる日が近くなりました。明日は六七日(むなのか)「壇弘忌」仏教では、六道の何処かに生まれ変わることを意味するようです。人間として生きた浄土への修行も楽ではなく、この日は阿弥陀如来のお導きを戴き極楽浄土への道をたどるようです。35日の法要の時に、お寺の奥様より仏説阿弥陀経の長いお経を頂戴しました。故人にとって何よりの布施であったと感じています。地獄・極楽は、今世にあることで、亡くなった者の魂は、全て“無”であるとお経の中でも再三唱えられています。この世を生きる為には、お金も必要ですが、あちらの世界に行けば何も要らない誰も同じ。そう考えると気持ちはとても楽です。今を楽しく懸命に生きることしかないと思ったこの頃です。

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★阿弥陀如来とは、大乗仏教の如来の一つで梵名は「アミターバ」あるいは「アミターユス」 といい、それを「阿弥陀」と日本人は聞き、音写したのでしょう!いつの間にか略して「弥陀仏」と呼ばれ愛されています。
by kuyugengen | 2012-10-17 21:22

35日の法要


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早いもので七日々の法要も35日を迎えました。「重陽の節句」とも重なり家族で「思い出話をしょう」とお席を設けました。床の設えは、白菊の薬玉飾りを用い、清楚に表現しました。

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七日・白露の日に亡くなったのでその日は、土に還るというよい日柄・重陽の祝いにも相応しいと喜んでいます。この週は、小練忌(しょうれんき)と呼び、地蔵菩薩の導きをいただくようです。明日は絶好の秋日和、お父さんも途中下車の旅、現世の別れと旅だちの用意をしていることでしょう

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亡き人を思いながら写経をしています。最初に私が般若心経をご唱和する。しかしこの日は、やはり胸も熱くなりお経の声もときれがちになりました。中陰の月日も経ち少し落ち着いたのでしょうか?この頃寂しくなった。「荷降ろし症候群」なのでしょう!

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 献立は、あえて追善に、こだわらず馳走を頂戴しました。思い出に残る1日であったと思います。

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名残の月なので、風炉は窶れ・薫炭の灰を捲き・水指も南蛮・茶入はこの日にふさわしい、銘「白露」小堀権十郎所持の高取耳付は、この日のご馳走となりました。お菓子は、吉はし製の「法の華」特上のきんとんです。

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連れ合いの終演は、徳島でしたので、今日は蜂須賀家所蔵の美しい茶筥・お抱え蒔絵師であった「飯塚観松斎」作、秋のひと揃えです。

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酒をくみかわし、馳走を食し、濃茶・薄茶と席も変わり、最後に写経に火を燈し、新しい修行の旅へ見送った。有意義な茶会も無事終え安心です。人の最期とは、並大抵のことではないと痛感した。

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仏の修行もこの日は、四番目の審判「閻魔大王」とのお目もじです。現世での行いの審判・判断を得るたいせつな日です。おそらくこの写経の炎と共に無事に昇天してくれることでしょう!
by kuyugengen | 2012-10-09 15:28

マスカットの大福


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7月から10月の限定”マスカット大福”は、品の良いお菓子です。福井の老舗「昆布屋孫兵衛」天明二年の創業とのことです。金沢の和菓子に押され気味の福井、このような現代感覚を取り入れ又伝統の羽二重餅の懐かしさを上手に包み込んだ素晴らしいお菓子。マスカットの皮を丁重にむき、薄い鶯餡に優しく包まれている。作る菓子職人のお手間を考えるとたいへんだナ!と思ってしまう。
by kuyugengen | 2012-10-07 09:16 | お菓子

10月3日 金沢へ


北陸の空は高く、日本海に落ちる夕日もまぶしかった。明日は中陰も四七日(よなのか)の法要日です。今日、お骨を抱えての金沢帰宅です。9月は、世田谷のお参りの方々に、数行づつ般若心経を写経して貰いました。仏にとってこの上もない供養となり感謝しています。「四七日」は、仏教では、「阿経忌」(あぎょうき)と呼び普賢菩薩の導きを頂戴するようです。おそらくお父さん、極楽への道中、自慢気に束ねた写経を見せながら雲の上を歩いていることでしょう!仏の供養も型道理ではなく自分らしく、理解しながら、真心で祈ることは、とてもいいことであると感じています。
急ぎ足で極楽へ旅だったので何処かに戸惑いもあり、神経も緊張したのか充分に休まらなかった。七日ごとの法要を済ませながら、徐々に平常心に戻ってくる自分を感じております。

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着くと直ぐ茶室に借りの祭壇をつくり秋の花を手向けました。盆景の長板の上に小さな祭壇を創り、釣り好きな故人の為に釣り竿に見立てた梅もどきのひと枝、砂を撒き海辺の様子を再現、茶事の前日までこのスタイルとしました。ご近所の方や親しくなった方をお招きして一緒にお経をげております。小さくなった亡骸も心なしか嬉しそうに感じます。

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若い頃教育テレビで「般若心経を読み解く」という番組があり講師は、ひろ さちお氏であったと思う。毎回の講義内容がカセットに収録・販売されたことがあり購入した。写経をしていると出来上がった文字列の美しさ・意味など知りたくなる。いろいろな解釈はあると思いますが、かい摘んで紹介するとこのようになる。
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観自在菩薩がかつて仏の智慧の完成を実践されたとき、肉体も精神もすべてが空であることを照見され、あらゆる苦悩を克服されました。舎利子よ。存在は空にほかならず、空の存在にほかなりません。存在がすなわち空で、空がすなわち存在です。感じたり、知ったり、意欲したり、判断したりする精神の働きも、これまた空です。舎利子よ。このように存在と精神のすべてが空でありますから、生じたり滅したりすることなく、きれいも汚いもなく、増えもせず減りもしません。と様々な悟りの言葉があり最後に「わかった、わかった、ほとけのこころ。 すっかりわかった、仏のこころ。 「仏さま、ありがとう」と仏の智慧の完成を真言は解かれています。
by kuyugengen | 2012-10-03 20:01

芋判の染め文様



九州の高千穂からお見えになる弟子のひとりに味の良い「芋判の型染め」を布に施し、趣味とされた方があります。とてもパワフルなご夫人・面白いことを試みたいと考え、製図の形に染めてあります。
しかしこの生地は硬くて仕覆にはならないものの、懐紙入れなどの作品に纏めました。
“じゃがいも”は春の収穫の芋で判を作ると澱粉質が染料と反応して色あいの変化も面白い!童心で彫るくったくのない作品は愛しいものです。

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仕覆は、あまり凝りすぎてもどうかと思います。しかしさまざまな思考能力の無限性もあり、お稽古は、私にとっても大きな学びの場です。
by kuyugengen | 2012-10-01 16:42 | 仕覆ってなんだろう!

腎臓の不思議


私は軽い「腎不全とのう胞腎」があります。「のう胞腎」は遺伝的な場合が多い病気です。腎臓の中に無数の”のう胞”(嚢胞)と呼ばれる水袋ができます。のう胞 とは袋の中に液が詰まる“ふよふよ”した風船みたいなものです。中の液は無色透明で、血液の上澄みに近い成分のようです。大きくなり過ぎると腹部を圧迫したり、血尿の原因になることもあります。私は大きい「のう胞」ですが、今の所は、極普通(そこに何も感じない)まぁあぁといった状態です。

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腎が萎縮することによってネフロンが減少し、腎機能が低下する。現在これを止めたり、抑止する治療法はない。しかし最近の研究により腎不全と嚢胞が大きくなることを防ぐことが期待される薬剤も見つかりつつあるようですが、臨床治験・研究が始まりつつある段階です。薬による血圧コントロールなどが大切です。私は年2回24 時間蓄尿・年1回のMRI・動脈硬化・心電図・など定期健診で注意を怠らず正確に腎機能を見てもらっています。しかし亡くなったツレの腎臓は50歳代と自慢していたが、いったん病が発症すると腎臓はあっけなく衰えた。私は、腎透析になることを、とことん拒否なので、おそらく“あっけない”であろうと、その時、ドラマをみるように「腎臓の不思議」を感じました。

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今年かわったことと言えば、「塩気のない汗が出た」こと。少しでも塩分の多い「出来合いの食品」など食べると食後、口の中がピリピリして喉が渇く。おそらく塩分制限に慣れてしまい拒否反応を感じるようになったようです。人間の体は、生活習慣を変えると数年で適応してしまうことが良く解った。腎臓は、そうした生活習慣の養生により維持できれば運がよい、一度壊れた臓器は完治しない!全く厄介な病です。ほんとうに一病を楽しむことしかないと思う。
by kuyugengen | 2012-10-01 09:26 | 与えられた一病の楽しみ方