永井百合子が提案する・・・遊びや茶事の愉しみ


by kuyugengen

カテゴリ:よもやま雑宝帳( 238 )

中国の仙人の寓話



中国の神話伝説には興味深い話が多くあります。「道家八仙人」の一人として知られる張果(ちょうか)(ろう)。彼は唐の時代、恒州(こうしゅう)中條山に住み、当時すでに数百歳だったと伝えられています。仙人はやはり一般の俗人とは違いました。張果老はいつもロバに乗り、一日数万里(数百キロ)移動したという伝えがあります。休憩する時は驢馬を紙のように折りたたみ小箱に納めたと言う。乗る時には水を吹きかけて元に戻したそうです。さて、張果老は何故後ろ向きにロバに乗ったのでしょうか? 幾つかの民間説がありますが、唐の終わり頃、当時有名な張天師の言葉から、その理由を垣間見ることができます。


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後ろ向きにロバに乗った張果老。歴史が流れて前進することは実は後退することであると世の人々に警鐘を鳴らした。比喩によって人間の生活に馴染みの深いできごとを見せ、それを喩えることは、今も昔も変わらない学びのようです。このお話は面白くできていますが中々の演出力と感心いたします。たまたま「張果老」という銘ある茶入のことを知り学びました。






by kuyugengen | 2018-11-21 12:01 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

彼岸花描いてみました。

月始めの休日は、身の回りの整頓など念入りにするのが日課です。疲れたら少し仮眠、お茶をして気分転換、絵を描きました。今日は彼岸花に挑戦です。難しい絵です。まぁ自己流の絵は見苦しいかと思いますが、成長もないまま楽しく纏めています。俳画は習っているものの、勝手に描く自信はないといった所です。歌も下手ながら2年生になろうとしています。毎日3首の歌を詠むことを続けました。歌を忘れたカナリアも詠めば頭の中から泉が湧いてくるといった所。日々の積み重ねは実りあるもののようです。


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あぜみちに赤きしるしの狐花

          かたまり咲きて天をながむる



by kuyugengen | 2018-10-02 10:48 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

秋彼岸

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秋の彼岸の日を迎えると気温も低くなりました。しかし寒さも早まるような気配、小春日和の秋が少しでも長く続いて欲しいものです。この頃になると都心の隅に真っ赤な彼岸花が咲き、墨田川の散歩コースの花壇にも赤と白の花がさきます。私も表参道のマンションの庭に球根を植えたことを思い出しています。秋の色は五行では白なので秋の風を“色なき風”と表現して短歌を詠んでみました。



彼岸花 赤しんしんと咲き誇る


           色なき風は こころよきかな





by kuyugengen | 2018-09-22 13:06 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

甲子園のなみだ

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甲子園の暑い夏も終わり、また一つ秋の気配に近づくようです。高校野球の球児のスポーツマンシップは、いずれも素晴らしかった。大阪桐蔭の胸を借りてプレーできたことは幸せな経験で金足農業の健闘は特に素晴らしかった。今夜は熱帯夜と天気予報が伝えています。クーラーを付けて休みます。

ふまれても また立ち上がるコスモスよ


                「金足農業」なみだ清らか





by kuyugengen | 2018-08-21 19:46 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)
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 宮中での養蚕の成り立ち

世の中に出回っている絹織物の大半は、昔のような良質な蚕の糸からできてはいない。日本文化の衰退はどの業界でも追いつけないスピードで交代しているようです。明治天皇の后が民間への養蚕奨励を目的として始められるようになった養蚕の飼育。そのお気持ちを引き継がれたのが現代の皇后さまです。シルク製品の輸出には多くの繭が必要で、古来品種の繭「小石丸」は極端に少なく使われなくなりました。「御養蚕始めの儀」が紅葉山御養蚕所で式典が行われてから、細かく刻んだ桑の葉を羽帚で与えられる「吐きたて」から始まります。皇居では3か所の桑園があり最盛期には、800kgという桑が必要となる。1齢から5齢まで脱皮して1万倍になり、大きく育つと枝ごと桑の葉を与える。種類は(はっ)(けん)黄繭(おうけん)・天蚕が育てられています。しかし日本の古来種・小石丸は生産性が低く、現在では民間の繭は品種改良された効率の良い繭に変わりました。



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小石丸を正倉院へ

蚕が繭を創りはじめる前に「(まぶし)」という蚕の住まいが用意される。「小石丸」は藁蔟(わらまぶし)・その他はボール紙・ビニールと3種類の(まぶし)が用意される。(わら)で編まれる(まぶし)は、皇后さま手づから時間を割かれお創りになるそうです。藁蔟に入ると蚕は23日で繭を創り、繭から外すことを「初繭かき」と呼ばれる。藁蔟は表面に凹凸があり繭が作りやすい利点があるようです。蚕は繭の中で脱皮して繭を創る。繭に付いている毛羽は蚕が繭を創る時の足場にするもの。その後毛羽とり機で綺麗な繭になる。そして繭を個々に選別して繭から糸を巻き取る。「双糸(そうし)」の量は20kg60kgとなり皇居から正倉院へと送り出されるそうです。そうした工程の全てを皇后さまのお手により宮中の飼育員と共にお世話されるそのお姿には敬服いたします。




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繭と植物染料から交尾まで

正倉院への織物の復元には植物染料が多量必用となり日本茜などは足りていない。そんな現状をお知りになられた天皇皇后両陛下は、皇居に自生する茜の根を増やし正倉院へ送られて現在の修復に役立って居られます。「小石丸」が羽化しやすいように皇居では、1個々の繭の両側をカッターで穴をあけるのだそうです。(かいこ)()の交尾は、()(りん)の中に入れて卵を産む。1蛾から400個から500個の卵が生まれるそうです。




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 (てん)(さん)という()(さん)の話

(てん)(さん)という()(さん)の蚕はクヌギや小楢(こなら)の木に生息する。緑の美しい繭を創り最も生産性のない種類で高価な品種です。短冊状の和紙を創り卵を付けて木の枝に止める。これを「山つけ」と呼ばれ2か月で繭となるようです。糸は美しい淡い緑色です。

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生皮(きび)()

蚕が最初に吐く糸は捨てられていましたが最近になり「きびそ」というこの糸の利用が開発されて美しい文様を織り出すことが可能になりました。蚕が繭を作る際に最初に吐き出す糸を「きびそ」と呼ぶ。「きびそ」とは生糸の原材料となる繊維を繭からたぐる糸口の部分で、蚕が繭を作るにあたって最初に吐き出す糸のこと。太くて硬いことから、繊維として生糸に使われることが今まではほとんどなかった。しかし「きびそ」には水溶性のたんぱく質が豊富に含まれ、太さが均一ではなく加工しにくいことから、ゴワゴワした太くて硬いその素材感は従来の絹のイメージとは異なる独自の表情を見せて面白いものです。


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皇后美智子さまの偉大なる功績

生産性がない・効率が悪い・儲からないと世の中から見捨てられた「小石丸」を皇后さまが勿体ないと思われて「愛らしい小石丸を育ててみましょう!」の一言で現在まで途絶えることなく育てられています。吐きたてから双糸・桑の枝の刈り取り・剪定・藁蔟の網までの細やかな農作業をエレガントに行われるお姿は養蚕業として全うされています。まさに日本の母でありましょう。生糸は宮中のドレスから外国の客人への贈り物にもされて素晴らしい自給自足が成り立っています。

小石丸わらの(まぶし)に糸吐きて

          后の御手(みて)に今もいくるや


中国からの渡来品

養蚕は5,000年・6000年前に中国から伝わりました。皇室の養蚕活動は100年前皇居内の、紅葉山御養蚕所で始められて以来、養蚕は香淳皇后から美智子皇后の手により今も守られています。中国の言い伝えの中にこんな逸話が残っています。中国の皇帝の黄帝という帝王の后である西陵(せいりょうし)がある日クヌギの木の下の枝に蛾が繭を創っていた様子を見て、面白くてそれを持ち帰り、遊んでいる内に湯の中へ落としてしまった。それを箸で拾おうとしたら、繭が解れて艶やかな糸に・・・!その糸を集めて織物にしたのが、絹織物の起源のようです。そうした話は以前染色家である吉岡先生に学びました。アジアの国にも后が蚕の繭を冠に偲ばせ嫁いだ話などもあり、いろいろな経緯で織物が普及した話はあります。いずれも夢のあるお話のようです。日本の伝統のキモノへのご苦労をもう少し詳しく知って頂きたいものです。職人が廃業しては今後後継者は容易には生れない現状があります。












by kuyugengen | 2018-08-01 19:58 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

夏のこしらえ

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暑い夏、朝茶の茶事をする方々も多くあります。今年は朝が涼しくはないので、どうなのでしょう?ことの他厳しい夏です。そんな訳で目に涼しい「虫売り茶籠」という茶籠を紹介します。虫売りの習慣は、中国と日本にだけに存在するようです。虫の音を感じる風流な心に深いものがあったのでしょう。このような茶籠形式は日本独特の文化です。バカラの茶に乾隆キセ硝子・加賀の指貫きを茶巾入にして、網袋・無双仕立の仕覆の合間から、秋の草花が覗いています。そうした一服は如何でしょうか?





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by kuyugengen | 2018-07-21 18:46 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

蝉しぐれに考

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「蝉しぐれ」は美しい日本の言葉です。しかしここ数年夏が暑すぎるのか蝉の声を聞かなくなりました。蝉は夏に交尾するというのに無言の夏です。私の耳の奥の記憶には、蒸し暑い中“みんみん”が啼いています。全く啼かなくなると何処か寂しいものがある。未熟な歌ですが、その気持ちを詠んでみました。




蝉しぐれ傘もいらずの雨や降る


               温風(あつかぜ)に伏し こゑ聞かぬかなし



by kuyugengen | 2018-07-16 07:00 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

土用丑の日の話

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ひさかたに土用丑の日二度ありて


              鰻ないとて猛暑日つづく




7月に入ると丑の日の鰻のことが心配されるものです。土用の丑の日は1回しかない年もありますが、今年は2回ある夏です。通称“二の丑”と呼ばれるものです。丑の日は、五行決められた暦・約18日間の「土用」の期間の内12周期で割り当てられている12支の丑の日です。本来冬に脂がのる鰻、夏場は売れ行きが激減した江戸のうなぎ屋は平賀源内の販売戦略に乗り現代まで暑気払いとして伝わり「商売繁盛」しているようです。古くは家持の歌にも鰻が詠われていて鰻(むなぎ)と詠まれています。



by kuyugengen | 2018-07-06 10:55 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

茅の輪くぐり

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人形(ひとがた)に穢れを祓い夏越しの


みそぎぞ夏のしるしなりけり




6月末になると神社の境内に「()の輪」が建てられます。これは昔疫病退散を起源とし、6月の大祓いに使用されます。左回り・右回り・左回りと三回くぐり心身清らかになり病や罪が祓われるそうです。昔は小さなお守り型を腰に下げるようですが、現代は茅の輪をくぐる形式になったそうです。630日夏越しの大祓い・1231日は年越しの大祓いがおこなわれます。猛暑の夏を何とかがんばれるように、住吉さんにお祓いに行ってこようと思っています



by kuyugengen | 2018-06-29 21:47 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)

張り混ぜ帳

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金沢のお嫁さんから、裏打ちが送られてきました。出光美術館へ鑑賞に行った記念にと描いた絵を張り混ぜ帳に納めました。こうしてみると下手ながら確かにリズム感が生まれますね。


手習いの巻き紙 いだし絵筆をもち

         無心で描く四季の花いろ



by kuyugengen | 2018-06-17 10:32 | よもやま雑宝帳 | Comments(0)