永井百合子が提案する・・・遊びや茶事の愉しみ


by kuyugengen

カテゴリ:よもやま話( 760 )

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711日に携帯をスマホ変えて早や6日が経ちます。今日は、自分のアイコンのマークを決めて、PCのデスクトップに、ラインのアイコンを作り、インスタの下に2つのアイコンを並べました。スマホでない時も直ぐ対応できるようにと希望しました。そんな訳で何とか良く動く“スマホベビー”の機嫌も良い!スマホの利点も理解できて思いがけず「私の文明開化」となりました。苦手をまた一つ克服した私に、ご褒美です。充電のしっぱなしは、電子機器の寿命を短くするそうです。今頃気づいても遅かりしですが、注意します。今回ソフトバンクののお嬢さんに褒められたことは、素晴らしいホルダの管理でした。PCを始めた時から現在までの重要項目が直ぐ答えられたことです。携帯を買いに行くのにPCを片手に契約する人は少ないようです。私の余暇は、この件でだいなしでしたが、20日から月島のお稽古も始まります。お待ちしています。



by kuyugengen | 2019-07-17 21:33 | よもやま話 | Comments(0)
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昨日は、嫁の知比路ちゃんと“都内ぶらぶら”の日でした。先だって感動した「江戸東京博物館・常設展」へ案内しました。連休とあっていつもより混雑しています。一巡すると中村屋の前で、ひまわり寄席の開演です。江戸家まねき猫さんの動物ものまねと三遊亭金八さんの落語や“ほうかん踊り”は、観客を魅了していました。江戸家まねき猫さんは、猫八さんのお嬢さんとあって、流石の流暢な話芸でした。スマホデビューの私は、高画質と評判のカメラ機能を試してみる。お任せで写すが綺麗な画像です。日本橋の欄干の観客も、なかなか風情がある。今朝は、ラジコの音楽を聴いてみたが携帯とは思えないサウンドです。まことに勿体ないと思う程の携帯の進化に驚く。もうこのくらいで大満足です。後は、老人に優しいスマホであって下さい。



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帰りはエレベーターではなく、エスカレーターに乗る。壁面には、美しい時代風物が描かれています。ささいな場所にも、遊び心が表現されていて素晴らしい!




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by kuyugengen | 2019-07-16 15:44 | よもやま話 | Comments(0)

スマホベイビーの誕生日

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714日今日スマホのレッスンは、ほぼ終わり「送受信・ショートメール・ライン・メモ帳・カレンダー・ラジコのダウンロード」まで覚えることができました。僅かな項目ですが、家族内で教え合うことは、手厳しく都度、娘のイライラという地雷を踏みながら、再度聞かないようにと心かけながら頑張りました。“性根に入れる”というスタイルは、何でも習い事の基本です。そしてタッチパネルに慣れた日は嬉しかった。挑戦する精神は得難いものです。苦しい思いが喜びに変わる日は、何歳になっても充実感がある。今日は、私の“スマホベイビーの誕生日です”亜希乃先生ありがとう!感謝します。



by kuyugengen | 2019-07-14 14:02 | よもやま話 | Comments(0)
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スマホでビューから3日目・数日稽古日とぶつかり思うような練習はできなかったが、ようやく苦手のタッチパネルを征服しました。私の携帯は、GooglePixel3aという名称の電話機です。何でも最新式だそうです。操作に慣れず毎夜苦戦続き!「入魂の一文字」のような緊張でした。息を止めてキーを触る。娘に「お母さん、茶道具を触る時より丁寧だょ!」と馬鹿にされた。全く初心な私です。データの消滅により、アドレス帳を手動入力したので、キータッチは繰り返しのレッスンなので上手になれました。産みの苦しみを乗り越えた今日、ソフトバンクに行きましたが、娘に怒られながらのレッスン成果もあり、スタッフのお嬢さんには、「殆どマスターできていますょ」と誉めてもらった。自分に理解しやすい画面つくりをカスタマイズしました。後一歩で“楽しくなるであろう日の誕生”も近かそうです。送受信に迷惑かけた方々にお詫び致します。






by kuyugengen | 2019-07-13 17:37 | よもやま話 | Comments(0)
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711日は追加の稽古日でした。4年近く使った携帯が私に挨拶もなくご臨終の日を迎えました。電話番号のデータもなくなり、夕方急ぎソフトバンクに行くが使い方は理解できずに帰宅しました。私にとってタッチパネル程、手ごわい機種はありません。性分に合わないのです。これからどうしょうか?と不安でいっぱい。元々携帯は、電話とショートメールのみの利用で殆どパソコンの方が重です。初めての“スマホ”と対面しての感想は、「これからのお年寄りは、これで大丈夫なのか?使いこなせるか?」と疑問に感じました。私が覚えにくいのでしょうか?とても悲しい夜でした。文明の発達と“商売気に伴う追っかけごっこ”は、消費者への迷惑です。自らの首をも切る発展のように思います。少しゆるゆるやろうょ!



by kuyugengen | 2019-07-11 21:45 | よもやま話 | Comments(0)

朱鷺との対面

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帰宅前に“朱鷺の保護区”へも立寄りました。佐渡の人々には、朱鷺の森公園という呼び名で親しまれています。現在の生息数は、353羽にもなっているそうです。朱・黒・白・グレー色と朱鷺の種類も多い。レンタカーで移動できたお蔭で、スピーディな見学となりました。今日の海の波は宝石のように時おり煌めき、青く広い大海原の景色を堪能しました。




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♪ミンミンの初鳴きききて 朱鷺の森 木陰あるきて盛夏おもほゆ♪





by kuyugengen | 2019-07-10 13:54 | よもやま話 | Comments(0)

佐渡2日目

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二日目の島めぐりは、海を眺め、矢島・経島には“たらい船”に乗りました。まぁ何とか沈まないでご帰還。平家物語(ぬえ)退治で有名な、赤い太鼓橋も見える。(鵺とは、正体がつかめない動物のこと)友人に「佐渡へ何しに行くの?」と聞かれることも多かったが、確かに自然環境は心地よい。しかし退屈する場所かもしれません。お昼は蕎麦を食べて魚屋の旬「めばる・イカ」を食べる。そんなに美味しいものもなく、昼寝の時間も取りゆっくりしました。旅館の部屋にネット環境はなくブログを書くのも面倒。町に人影もみえず、何もないのが佐渡のご馳走なのでしょう?お店の人も愛想もない!最後に鼓童の太鼓交流館は、九州のフアンを迎えて賑わっていました。太鼓の演奏者は、アスリート並みなので無理は効かないそうです。好きだけでは出来ない難しさがあるようです。世界に進出している、この太鼓集団は素晴らしい!今宵は星空を眺めたいと思っています



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H271126日号・文春が表紙を飾っています。今日は、平野レミさん出演のNHK「ごごナマ」で紹介されていました。「見た景色だ!」と驚き歓声があがる!手を振っているのは平野さんのようです。画像になると「何とよい景色」でしょう。



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北前船の往来した時期は、江戸時代の半ばから明治20年代ごろのことです。物資の流通が発達していなかった時代、ものの値段は地域によってまちまちでした。北前船はものを安い地域で買い物をして、高いところで売りさばき、その差益で成り立った商売です。北前船が盛んに行き来する日本海沿岸の都市は、船が運ぶ利益とモノと情報で栄えました。鉄道の発達でその物流は終演をむかえたそうです。





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佐渡は小さい田舎町ですが能舞台の数は驚くほど多い。世阿弥が佐渡の地に猿楽を残したのかと思うが、決してそうではなく実は、江戸期に能役者出身に金山奉行が多かったからのようです。佐渡に金座あって能の文化が継承されたのは面白い話です。世阿弥は、誰も知らない自分の芸への秘密、秘伝を持つことの重要性を解いています。停滞することなく、変化することが芸術の極意と世阿弥は伝えています。それは、和の文化に秘伝があるのも当然ですね。



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夕方のニュースを聞いていたら、「あじさゐの花の寺が満開です。」と伝えている。暗くなる前の夕方「急ぎ行きましょう」と同行した友が直ぐ腰を揚げて車を出してくれる。とても気働きのよい人です。にわか雨の降った後、88番札所「蓮華峰寺」へ向かう。長い花の回廊は、奥へ奥へと一面のあじさゐが灯りのように咲き競っています。佐渡最後の夜に、こんな素敵なお寺と花をみせて貰い幸せでした。親切に案内頂いた小林さんに感謝します。今朝も鳥のさえずる爽やかな天気に恵まれています。




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     ♪鶯やひとこゑ鳴きて夕まぐれ はなの廻廊 しばし続きて♪



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ひと雨降った後の夕焼けの表情は、昨日とは違う景色です。ふと山陰の沖ノ島の景色を思い出します。しかし故郷を後にした今、記憶をたどると、沖ノ島の見どころは、何と多くの名所があったろう!と懐かしい!


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♪佐渡島は凪も おだやか夏のうみ 沈む夕日に余光いとしや♪





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by kuyugengen | 2019-07-09 14:42 | よもやま話 | Comments(0)

佐渡の旅


佐渡へ佐渡へと新潟港から両津港まで、ジェットフォイルに乗り65分で到着しました。澄んだ空・美味しい空気をいっぱい吸い混み、まずは、近くの寿司屋に直行して14勘小さいシャリにしてもらい、近郊の魚を選び、お寿司を頂きました。しかし港の売店で買ったトチ餅の美味しかったことには感激・・・!レンタカーを借りて田舎の景色を楽しみました。野の花は、紫陽花と立葵ぐらいです。そして早速海洋深層の湯に浸かる夕べです。宿に人影は少なく静か!

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ブルーベリーの畑に立ち寄り完熟のベリーを頂きました。これは甘露な味でした。2泊3日の楽しい旅の始まりです。

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佐渡へ世阿弥が流刑になって以後、世阿弥は自らの芸への思いを“花伝書”という書物に残したことは有名です。海を渡り、初めて佐渡の空気を吸うと、やはり世阿弥に思いを馳せる自分がありました。花伝書にある「花のこころ」とは「種」のことであり、まさしく技ということ。芸とは「花」咲かせるためには、大切な種を育てること。そのことを「年々去来の花」と呼び、初心のこころを忘れないということのようです。たくさんある名言の中に、世阿弥の戒めとされる言葉の数々は、幸せボケの現在人に一番肝心な心得が語られていると思う。しかし残念ながら現代人は、心に余裕がないのだろう!学ぶ感性が少ない。作物を収穫するには、田畑を耕してこそ四季おりおりの作物が生まれるように。日日の努力が大切なのですね。



   


by kuyugengen | 2019-07-08 17:37 | よもやま話 | Comments(0)
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77日・今月は七夕の日です。2日・5日・7日・11日・12日と追加稽古の予約があり、お稽古しています。夕刻、小雨煙る梅雨寒の日、東京大神宮の、七夕祈願祭に出かけました。雨なので人手も少ないかと目論んでいましたが、とんでもない行列です。心願成就と除災招福を願う若者は多いと見えて行列は長い。帰ろうかと思いましたが、受付を済ませる。隣にある立派な会館で神事が行われます。雰囲気を少し味わい直ぐ飯田橋の駅に向かった。明日は23日で佐渡の旅に出かける予定です。きっとお良い天気になると思います。

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by kuyugengen | 2019-07-07 18:25 | よもやま話 | Comments(0)

江戸東京博物館の見学はことの他感激して、皆さんにも好評を得たようです。今日は続きを紹介することにしました。

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江戸の絵草紙屋の店先の復元は豊国などの人気「錦絵」を出版。地図往来ものも扱っていたそうです。



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檜垣(ひがき)廻船(かいせん)という定期便が就航、上方から木綿、油、紙などの大量な物資を運んだという。



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祭りの中でも豪勢な神田祭りの山車(だし)は、原寸大での復元なので大迫力です。



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江戸歌舞伎の中でも代表的な演目は2代目・団十郎の演じる「助六」です。市川家の十八番として現在も人気を博しています。


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第一国立銀行は、近代銀行制度の導入に伴い、殖産興業へ賃金調達を主な仕事として、兜町に設立されました。



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鹿鳴館は時代の華やかな社交の様子を表し、2階の舞踏室での華やかな様子を再現、ダンスを楽しむ様子が一望できる。


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神田駿河台の岡に立つ、ニコライ堂は、高くない建物です。しかし昔は、東京のいたるところから望める眺めのよい場所でした。「東京はリストス復活大聖堂」という正式な名称があります。



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ひばりが丘団地は、当時浴室は、おろかトイレや台所までも共同という住宅でした。その後それぞれの家の水回りが独立しているということは、プライバシーも守られて、「マイホーム」という言葉が流行りました。大家族の崩壊になったのも文化生活が進んだからでしょう。







by kuyugengen | 2019-07-06 09:59 | よもやま話 | Comments(0)