金沢で茶事を始めるようになれば、まず最初に茶友への供養の会をして、本来の茶会へ進もうと考えました。念願叶い私も1年振りの茶事に緊張です。こうしたテーマの茶会は、初めてなので、どのように用意しょうと悩みましたが、「彼女に喜んでいただけるようにしょう」と思った時から、支度はスムーズに運びました。まず寄付の大襖を漆和紙の市松に変えて気分を少し引き締めました。


切り紙の蝶を舟板に遊ばせて故人を偲び、寄付では、季節の春欄のお湯を、そして般若心経の写経を各々1行写し、本席へと移ります。

この軸は、大徳寺13世宙寶の筆によるもの、大徳寺の塔頭に前田家の芳春院があり、奥方まつ様が建立した菩提寺。一本の墨の勢い 賛には、
主丈辺看々親と書かれてあり、最晩年で、松月の号となっています。(慣れ親しんだこの丈を眺めていると愛着もあり、離れがたい、長年のお付き合いもこの丈のように離れがたきものである)丈の頭の丸い部分をなでる温厚な和尚の様子も伺えるようです

向付は、精進なので、胡麻豆腐・こしあぶらという山菜を留めて、煮物椀は、枝豆と海老真千代に木の芽をあしらいました。今回、強肴のひと品に、季節の粽鮨を用い、金沢らしい懐石でありたいと、白・黄色の水引きを結び、常とは少し改まった表現を試みました。


寄付の軸は、金沢縁の細野燕台、魯山人を世に送り出したプロジューサーです。「清芳」この季節の風を感じています。茶会の日は両日ともに、良い天候に恵まれ、おそらく彼女は、風に乗って舞い降りていらっしゃることであろうと感じました。


久しぶりにみなさまをお迎えするので、にじり口には、松葉を敷き爽やかさを演出してみました。

主菓子は、吉はし製・「偲び草」と銘したお菓子です。自然薯の入った美味なる味を堪能しました。


薄茶席九游では、青竹の花入を用意して、野の花が軽やかに咲いているよう表現しました。薄茶を始める前に、寄付で写経した紙を風炉の火で燃やし昇天しました。おそらく「先生恥ずかしいですょ」とおっしゃるお声も聞こえるように感じましたが、そのようにさせてもらいました。ご主人からのお知らせの中に、彼女の意向で骨を熱海の海に水葬して欲しいとの遺言があったそうです。そうした意味もあり、本日は水指を広い海を表し本席は、堆朱の茶器を見立て使わせてもらいました。人知れず、みまかられる死の美学も理解できます。しかし故人を思う気持ちもたいせつにして偲びたいと考えます。

薄茶のお菓子は「露のしずく・楓」床の軸は、私のたいせつに思っている師匠である故 紅雪庵主人の筆です。初回の集いでは、お集まりのみなさまのお顔を見ると、せつなく胸も熱くなり挨拶も戸惑い涙も溢れた。しかし今回は、大丈夫でした。この茶会を通し、みなさまに人との交わりの儚さ・茶会の余韻の心地よさを体感していただけた事を嬉しく思いました。


茶事の段取りは難しいものです。今日も「銭屋」さんとのチームワークもよろしく、裏方を無事勤めていただきました。茶事は、生き物です。いつも満足には至りません。思い通りにならなかった未熟な事柄・反省点など細かく記録している。そのファイルの内容も多くなる度、茶事のタイミングの難しさなどを実感するものです。しかし失敗も次の力にして自分のできるお持て成しを完成させる事は、茶の湯を学ぶものには重要であると感じています。

娘もアメリカから帰り、金沢での対面となりました。今日は裏方のスタッフ二人の都合も悪く、手伝いに回ってくれたので助かりました。

好きな茶事を元気で行いたいと思っています。日常的ではないが茶事の緊張感ある瞬間が好きです。14日早いもので今日は東京へ帰る日となりました。